よいとまけの生みの親
小林正俊の肖像

大正期のよいとまけ風景。この時の丸太の様子をモチーフに三星銘菓「よいとまけ」が誕生しました。

 「仕事に惚れ、郷土に惚れ、女房に惚れる」 初代三星社長 故小林正俊は三星のマークである三つ丸を、この無骨で人間味のある言葉でそう表現しました。
 そんな彼が地元苫小牧への想いを込めて作り上げたお菓子が、「よいとまけ」です。正俊が抱くふるさと苫小牧の原風景は、子供の頃よく口にした自生のハスカップのすっぱい実、そして王子製紙の作業現場から聞こえてくる労働者たちの「よいとまけ」の掛け声。太くて重い丸太を積み下ろしする際に掛け合うこの勇ましい声は、夜明けから日没まで絶え間なく続き、それは人々に朝が来たことを伝え、日が暮れたことを伝えてきたのです。
 「俺が苫小牧への気持ちを作品に表すなら、それはハスカップを使ったお菓子以外には考えられない。その名前は『よいとまけ』のほかはありえない」 地域に根ざしたお菓子作りに取り組んだ正俊ですが、酸味が強く、風味が少なく、皮が薄くほとんどが水分というハスカップの利用に、大変な知恵と苦労を伴いました。 様々な試行錯誤の末、ロールカステラの外側にハスカップジャムを塗りこんだお菓子「よいとまけ」が完成し、昭和28年、正俊は自信を持って発売に踏み切りました。
 ところが店頭に並ぶや否や、お客様から苦情が殺到します。ジャムを内巻きにしたらどうか。あらかじめ切っておいてはくれないか。
 しかし正俊はそのつど根気よく、丁寧に説明しました。「そんなことおっしゃらずに、よぉくこの形と色を見てください。力強さがあって、しかも美しいでしょう。多少指が汚れたって舐めてしまえばいいんです。この町を思いながら、もう一度食べてください。お願いします。」「このロールケーキは丸太ん棒、みんなが汗水たらして持ち上げていた丸太です。そう、この苫小牧の象徴なんです。そしてこのお菓子の名前はよいとまけ。つらい労働をしながらこの町を支えてくれている彼らを応援するお菓子なのです。」
 正俊の熱のこもった説明の甲斐もあってか、いつしかよいとまけは三星を、そして苫小牧を代表する銘菓となり、今日まで親しまれております。 

よいとまけの生みの親・三星初代社長小林正俊。

発売当時のよいとまけ。当時から食べづらさには定評が。

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