MITSUBOSHI

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ハスカップのお菓子 みつぼし

三星の沿革

明治31年、作家「小林多喜二」の伯父にあたる小林慶義は、長男の幸蔵と小樽で菓子屋を始めました。三星の誕生です。三星という屋号は、小樽の教会の方々が「信仰・希望・愛」を表す三つの星として名付けてくれました。

多喜二にまつわるエピソードですが、慶義の援助を受け進学(小樽商業-小樽高商)した多喜二は、三星に5年間住み込んで学業の傍ら仕事を手伝っていたそうです。

明治45年、小樽の店を幸蔵に任せた慶義は、王子製紙が開業して間もない苫小牧で、次男俊二とともに「小林三星堂」を開店。

「研究熱心もあったが、王子製紙に本州から来られた方が多く、良いものを作れば売れた」といいます。

大正元年、俊二の長男正俊が誕生。幼少から大人顔負けの働きぶりで家業を手伝った少年は、菓子職人を天職と心得、「おいしいものは常にひとつ」と完璧な菓子(パン)作りを追求してゆきます。

やがて「お客様のためになることを成すことが店の繁栄につながる」という経営理念を持った若き当主に成長すると、昭和39年に株式会社化し三星の礎を築きました。

創業時に「信仰・希望・愛」を表すとされた三星マークを、「郷土に惚れ、仕事に惚れ、女房に惚れる」の三惚れマークと正俊は言いました。

彼の想い、哲学は、他界してから間もなく半世紀となる今日も、三星の精神として受け継がれております。